敢て『同行三人』と記された山野袋を肩に、一人の男が四国八十八ヶ所を巡礼している。薄羽蜉蝣(薄羽かげろう)の如くに儚く去ってしまった今は亡き最愛の女の面影と共に・・・。
 太陽さえ二重に見える陽炎(かげろう)に包まれた海岸では、言い争っているのか戯れているのか定かならぬまま、見知らぬ男女が現実に存在している。巡礼を続ける男には、その二人が他者なのか、或いは嘗ての自分達なのか、その判断すら付かない。
 付かぬも良し。遍路こそ亦、弘法が提唱した『即身成仏論』としての1つの悟り、現世に於ける輪廻なれば・・・。
 『人生は薄羽蜉蝣(薄羽かげろう)の如く短く儚く、亦(また)、陽炎(かげろう)の如くに不確かな一瞬の煌めきに過ぎぬもの。然れど、万物は常に其の姿形を変えつつも、永久なる時空の中に流転を繰り返す。また何時の日か見(まみ)え、共に喜び、亦、哀しむべし・・・』
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